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大阪高等裁判所 昭和42年(う)1700号 判決 1973年3月27日

被告人 田中明 外四名

主文

原判決中被告人田中明、同横道光一、同雑賀栄一及び同瀬川喜市郎に関する部分を破棄する。

被告人田中明、同横山光一、同雑賀栄一及び同瀬川喜市郎は無罪。

被告人土橋健治の本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用中、当審証人金良清一に支給したものの五分の一及び同神谷幸一に支給したものの全部を被告人土橋健治の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は弁護人莇立明作成(但し三頁終りから三行目の訴訟手続の法令違背の主張を除く)、同柴田茲行同渡辺馨連名作成(但し第三は弁護人莇立明作成の控訴趣意書の法令適用の誤の主張と同旨である旨釈明)、同山口貞夫作成(但し、第一は理由不備を主張するものであり、第三の事実誤認というのは弁護人柴田、同渡辺連名作成の控訴趣意書の事実誤認の主張と同旨である旨釈明)、被告人田中明作成、同横道光一作成、同雑賀栄一作成、同瀬川喜市郎作成、同土橋健治作成の各控訴趣意書及び弁護人莇立明、同渡辺馨、同加藤英範、同木村靖連名作成の控訴趣意補充書に記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は検察官田村進一郎作成の答弁書に記載のとおりであるので、いずれもこれを引用する。

理由不備の控訴趣意について(弁護人山口貞夫の控訴趣意の第一点)

論旨は、原判決は弁護人らの主張に対する判断において、労働協約上、京聯自動車株式会社(以下会社という)が京聯労働組合(以下旧労という)を唯一の交渉団体と認め、ユニオンシヨツプ制を採り、また春闘集約段階で京聯自動車新労働組合(以下新労という)の組織問題は全国自動車交通労働組合京都地方連合会(以下京都地連という)に一任する旨を会社との間で取り決め、その履行を確保し、旧労の団結権擁護のために本件行為がなされたという事情のもとにおいても、当時争議は妥結していたもので、丸尾の来社はスト破りと同視できず被告人らの本件行為は説得行為の限度を逸脱したもので労働組合の正当な行為とはいえない旨判示しているが、弁護人が労働組合の正当な行為であるとして主張した事実は、原判決が右に判示している事情にとどまらず、丸尾は本件当日を含めて旧労の闘争中に長期的組織的に旧労の組織分裂工作を行ないつつあり、丸尾の右行為は旧労の団結権に対する急迫不正の侵害であり、本件は旧労の団結権防衛の為やむを得ないものであつたという事実を併せて主張したのである。ところが原判決は以上の点について何等の判断を示しておらず、右は刑事訴訟法三三五条二項に違背し、同法三七八条四号の判決に理由を附しない違法がある場合に該るから原判決は破棄されるべきものであるというのである。

よつて検討するに、弁護人が原審において所論の主張をしていることは原審第三八回公判廷における弁護人山口貞夫の弁論により明らかであり、(なお原審第三回公判廷においては正当防衛ないしは緊急避難の主張であるかの如き文言がみられるが、結局右弁論において正当な組合活動である旨の主張に訂正したものと認められる)、これに対し原判決が所論のとおりの判断をしていることは原判決の判文にてらし明らかである。しかしながら、原判決は所論の「京聯労組の団結権擁護のために本件行為がなされたという事情のもとにおいても」との判文に続く括弧内において前掲本件にいたるまでの経緯参照と附加して判示しており、右附加判示されている事情はおおむね所論主張に照応して認定された事実関係であるから、原判決は所論の事情に対する評価を加えこれを前提として本件が正当な組合活動ではないとの結論に達しているものと認められるから、所論の判断遺脱はない。なお、所論は、所論の判断遺脱は刑事訴訟法三三五条二項に違背し、同法三七八条四号の判決に理由を附さない場合に該ると主張するけれども、同法三三五条二項の判断遺脱は判決に理由を附さない場合に該らないものと解せられる(最高裁判所昭和二八年五月一二日判決、刑集七巻五号一〇二二頁参照)。論旨は理由がない。

事実誤認の控訴趣意について(弁護人莇立明の控訴趣意第二、同柴田茲行、同渡辺馨の控訴趣意第一及び第二、被告人田中の控訴趣意、同横道の控訴趣意二ないし四、同土橋の控訴趣意)

論旨は、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人横道、同雑賀、同瀬川の三名は共同して丸尾利晴の両腕を引張り、背後から押すなどして同人を応接室西出入口から廊下に引き出し、やがて被告人田中もこれに加わつて共同して右丸尾を周囲のわつしよいわつしよいの掛声とともに右廊下を通つて玄関口附近までむりに連れ出し、引き続いて右玄関先から京聯労組員によりなおも同社南ガレージのある丸太町通り南側路上にまで連れ出された右丸尾に対し、被告人土橋は丸尾の身辺にいた京聯労組員数名と共同して同人につつかかつたり、押すなどの暴行を加えた、」と認定している。しかし、被告人瀬川は当時会社構内の旧労事務所内で休憩しており、右現場にいなかつた。被告人横道は、右丸尾が応接室から廊下に出たときその北側の別な応接室から廊下に出て廊下の北の方から丸尾の方へ押し寄せようとする旧労組合員達を丸尾に近付けまいとして北側へ押しやるようにし、終始丸尾に背をむけており、同人に接触するようなことはなかつた。被告人雑賀は丸尾が応接室から廊下へ出る際には出入口の柱のところから両手を廊下の組合員の方へ差し出して丸尾の帰り道をあけるよう要請し、丸尾に続いて廊下に出てからも丸尾の左側で組合員達に背をむけて両手を横に拡げて丸尾をかばいながら南玄関まで誘導したものであり、被告人田中は納金室のカウンターの切れ目から廊下へ出て丸尾の右側に位置し左手を同人の後方へ、右手を同人の前方へ水平にのばし組合員達から丸尾をかばい、道をあけさせながら玄関まで同人を誘導したもので、被告人田中、同雑賀の右行為は丸尾に対する護衛行為である。被告人土橋は、会社南側車道上で一度は丸尾に近付いたけれども、傍の横山末松副委員長に制止されてその場から離れて南側歩道上へ行き籠谷組合員と終りまで雑談していたもので丸尾を取り囲む集団に参加していない。被告人らはいずれも丸尾に対し原判示の如き暴行を加えていない。以上のことは信用できる多数の証人の供述するところであり、原判決が証拠として挙示する原審証人丸尾利晴、同港谷恵子、同鈴木通保、同星野資の各供述及び星野資の検察官に対する供述調書、港谷恵子作成のメモはいずれも信用することができず、原判決は証拠の取捨選択を誤り事実を誤認したものである。また被告人田中及び同雑賀の行為はかりに外形上暴行の如くであつても実体は護衛ないし誘導行為であつて丸尾に対する暴行の故意を欠き、暴行の故意があるものと認定した原判決は事実を誤認したものである。以上各事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れないというのである。

よつて検討するに、原判決挙示の原審証人丸尾利晴、同港谷恵子、同鈴木通保、同星野資の各供述及び星野資の検察官に対する供述調書、港谷恵子作成のメモ一枚は信用し得るものであつて、これらの証拠によると原判決認定事実を認めることができ、原判決の認定には所論の事実誤認はないものと認められる。以下にその理由を述べる。

一、原審第二回検証調書によると、会社本社社屋は南側の東西に通じる丸太町通に面する鉄筋三階建の建物であり、同建物の西側及び北側には西ガレージがあり、両建物の東側は道路をへだてて東ガレージが、また南側は右丸太町通をへだてて南ガレージがあり、同建物一階は中央よりやや西寄りに幅約二・二メートルの南北に通じる廊下があり南端は玄関口となつており、廊下東側は北から南にかけて更衣室、書庫、応接室(三室、以下の説明において、南から第一、第二、第三応接室と仮称する)、納金室が並び、そのさらに東側及び納金室の南側は事務室となり、納金室のすぐ南側からL字型のカウンターが設置され、カウンターにより事務室と廊下及びホールとが区画されており、また廊下の西側には、ほぼ右第一及び第二応接室、納金室に対応する場所に会計課室があることが認められる。そして本件のうち、被告人土橋の行為は右丸太町通の南ガレージに面する歩道上において行なわれ、その余の被告人らの行為は本社社屋内の右第二応接室内から廊下を通つて南玄関に至る部分において行なわれたものである。

二、本社社屋内の状況について。

原審証人丸尾利晴の供述(以下丸尾証言という)は、本件被害の状況について、「自分は当日会社に対し新労組合員の就労を要求するため、会社へ来て第二応接室で宇野営業部長に会い竹内常務取締役に面会を求めたところ同人はまだ出社していないということであつたので同室で待つていると、四、五名の旧労組合員が入つてきて、周囲のガラス窓をとりはずし、内部の椅子とテーブルを片付けて自分をぐるつと取り囲み、『帰れ』というので押し問答しているうち、大久保旧労委員長がきて『この人は総同盟の、金をもうけるためにやつてきている人だ、常務は大阪へ行つて留守だ、まつかくのお客さんだから皆で拍手をもつてお送りせえ』と言い、同時に自分の後及び横の組合員が自分の腕をとり、自分の坐つている椅子を後からこぜあげるようにして自分の体を起こし、四、五名が自分の前から引張り後から押すという状態で第二応接室西出入口へ自分を出した、自分は踏みとどまろうとして出入口の柱を手で突張つたが廊下へ出された、廊下には四、五〇名の組合員がずつと並んでいた、自分は廊下へ出されるともう外へ連れ出されるのが判つていたので自分で歩いたが両腕は抱きかかえられて引張られ、後から押され、南玄関から道路へ出た、第二応接室を出て間もなく被告人田中に右腕を抱えこまれ引張つていかれた」旨供述し、また右状況を目撃した原審証人港谷恵子(以下港谷証言という)は、「当日会計課室を掃除していると第二応接室にカーキ色の服の男が一人居るのが見えた、それから第二応接室のまわりにだんだん人が集つてきて瀬川がガラス窓二枚を持つてきて自分に何か言つて室の廊下側の壁際のロツカーの戸にそれをたてかけた、自分は部屋の中央の西側の一色係長の席からみているとカーキ色の服の男は皆に押し出されてきて引きずり出された、その男は自分から出る姿勢ではなく、両手で柱にしがみついたが無理に押し出された、廊下に出てから第二応接室前から納金室のあたりまで位置関係は判らないがその男の周囲に雑賀、横道、瀬川の三人がいてその男の両腕を掴まえており、沢山の人がまわりを取り巻いてわつしよいわつしよいと言つて押し出して行つた、第二応接室から廊下へ出るときか廊下へ出てから南玄関の方へ行くときかはつきりしないが雑賀がその男の背中のあたりを両手で押していたのが目に浮ぶ、以上の状況をその場でメモをした」旨供述し、同人作成のメモには「一〇分程度ガラス戸をはずす、瀬川、めがね、」と記載され、さらに男の左側に雑賀、右側に横道、後に瀬川が居る旨を丸印で示し男と瀬川との間を二本の線で接続し、「両手背中押す」と記載されている。さらに原審証人鈴木通保(以下鈴木証言という)は「自分は納金室に居ると第二応接室の方からわつしよいわつしよいという掛声が近ずき人が歩いてくるので見ると、田中が背の高いカーキ色の服の男の右前で納金室の方にむいて左手でその男の右腕を抱え、片手で手の甲を持つて南の方へ引張つて行つた、その男ははじめ手を後へ引くような格好をしていたが後には引かれるのにまかせて玄関の方へ歩いて行つた」旨供述している。そこで右各供述及びメモの信用性について検討する。

(1)  港谷証言について。

(イ)  港谷恵子が目撃した位置からの第二応接室西出入口及び廊下の見とおし状況は、当審受命裁判官の検証調書(以下当審検証という)によると、港谷の腰かけていた一色係長の席からは、会計課室の出入口扉の枠支柱及び高さ約一・一メートルの腰板に視野がさえぎられて第二応接室西出入口のおよそ北側半分及び下方の腰板に当る部分全体は見えないが、その余の部分すなわち第二応接室の西出入口からさらに南の方にかけて、ことに本件で問題になつている同出入口の支柱の部分及び廊下に立つ成人のほぼ腰から上の部分は容易に見とおすことができ、港谷が前記状況を注視するため上体を左右あるいは上方に動かすようなことがあるとすると(かようなことは十分にあり得るところである)視野が一層拡大されることが認められる。もつとも当時第二応接室と会計室との間の廊下には組合員が居り、その人数は必ずしも明確でなく、原審証人前川正徳の供述(以下前川証言という)によると約二〇人足らず、鈴木証言及び丸尾証言によると四、五〇名位、というのであつて、かなりの多人数であつたことが認められるけれども、これらの者は第二応接室と会計課室との間の部分にだけ密集していたのではなく、その北側から南側にかけて全般にわたつて居たもので、しかも事態の推移につれて移動していたわけであるから、これらの者によつて全く港谷の視野がさえぎられていたものとは認められない。したがつて、港谷が一色係長の席から丸尾連れ出しの状況を目撃することは可能であつたものと認められること、

(ロ)  港谷証言によると、同人は約一一年前から会計課に勤務して被告人瀬川及び後記のとおり所論が見誤つたと主張する嶋中清の両名をよく知つており、しかも被告人瀬川がガラス窓を会計課室へ持ち込んだとき被告人瀬川から声をかけられていることが認められること、

(ハ)  港谷証言は丸尾連れ出しの状況についてかなり漠然とした点が見受けられるのであるが、年月の経過による忘却と、当時廊下にいた多数の組合員によつて視野がある程度さえぎられ、認識に具体性及び連続性を欠く点があつたことからその供述自体不自然な点や作為的な点は認められないこと、

以上(イ)(ロ)(ハ)の点から考えると、港谷証言は信用性があるものと認められる。

これに対し、所論は被告人瀬川は本件当時会社構内の旧労事務所で休憩しており本件現場には居あわせなかつた、港谷にガラス窓の保管をたのんだのは旧労組合員嶋中清であつて港谷は嶋中を被告人瀬川と誤認したものであると主張し、原審証人遠藤正勝、同雲出進、同嶋中清、(いずれも以下遠藤証言等という)及び被告人瀬川はいずれも右主張にそう供述をし、原審証人大野敬次、同和田山進、同前川正徳及び同町田義明(前同様)らも右各供述の一部にそう供述をしている。すなわち、雲出証言は「組合大会が中断したので組合事務所へ行くと五分位して瀬川が入つてきた、同人がしんどい、体の調子が悪い、抗議している、というので自分は組合事務所を出て第二応接室前へ行くと廊下に組合役員が四、五人居り総同盟の人が来て分裂を指導しているというので、第二応接室の中をのぞくと野口、前川正徳、和田山進、大久保新二郎(丸尾のこと)が居り、そのうちガラス窓をはずしにかかつた」と言い、また遠藤証言は「組合事務所で電話係を担当していたが、組合大会が中断し、大会議長吉田新治が入つてきてさらに雲出進が入つてきた、その五、六分後に瀬川が入つてきて畳の部屋に寝ころんでいた、瀬川はその後組合大会再開までずつと組合事務所にいた」と言うのであつて、右各供述によると丸尾の第二応接室からの連れ出し行為開始前すでに被告人瀬川は組合事務所に来ていて丸尾が連れ出されて立去つた後組合大会再開までずつと組合事務所に居たことになるのである。しかしながら右遠藤証言をしさいに検討すると、遠藤は右のように組合事務所へ雲出が入つてきたときに同人に組合大会中断の理由を聞くと、同人は「総同盟が来ているからや」と答えた旨自供しており、右供述によると雲出は組合事務所へ入つて来た時すでに総同盟の人すなわち丸尾が来ていることを知つていたことが認められる。

雲出が被告人瀬川から抗議している旨聞いて廊下へ行つたら丸尾が来ていたのがわかつたという右雲出証言はにわかに信用することができない。被告人瀬川が雲出の五、六分後に組合事務所に来たというのも、かりにそのような事実があつたとしても時間的にはかなり後のことで、丸尾の連れ出し行為が行なわれた後であつたものと認められる。さらに嶋中証言は「自分は第二応接室前廊下で雲出の指示を受けて同室の西側ガラス窓を一枚取りはずし、これと、さきに他の組合員が取りはずしてあつたガラス窓一枚とを、一枚ずつ二回にわけて会計課室内に運び込み、港谷に、割れるとかなわんから預つてくれ、と言つて廊下側カウンターに立てかけておき、第二応接室へ入つて中に居た雲出に右の旨報告した」と言い、雲出証言も第二応接室前廊下で嶋中に右指示をしたこと及び嶋中と他一名の組合員がそれぞれガラス窓を取りはずしたことを供述し、雲出証言、和田山証言、前川証言、町田証言はいずれも、第二応接室西側ガラス窓が取りはずされ、室内の椅子、テーブルが片隅に片付けられた後嶋中も同室内に入つていたが、被告人瀬川は同室内に居なかつた旨供述し、ガラス窓を取りはずしたのは嶋中であること、その後第二応接室内に嶋中が入つたが被告人瀬川は居なかつたと言うのである。しかしながら嶋中証言をさらに検討すると、同証言は「自分はガラス窓を取りはずして会計課室内に搬入した後第二応接室内に入つて雲出にその旨報告し、その後その場に居た他の組合員と共に丸尾の東側から同人にむかつて、帰れ帰れと言い、大久保新二郎の拍手で送ろうとの発言により拍手をすると、丸尾は立ちあがつて西出入口の方へ歩きかけたので自分は東側事務室へ出て北側第三応接室を通つて廊下西側の便所へ行つた」というのであつて、同人の第二応接室内の滞在時間は比較的短かく、丸尾が第二応接室から廊下へ連れ出される以前にすでに嶋中は同室を立ち去つており、丸尾の周辺には居なかつたというのであり、もしそうだとすると、港谷が第二応接室西出入口から廊下における丸尾連れ出し行為中に嶋中を被告人瀬川と誤認するわけがないこと、嶋中証言は右のとおり丸尾の東側から同人に帰れと言つた旨供述しながら、後に同人の西側から言つた旨供述を変え、結局同室内の自己の行動についての供述はあいまいであること、また嶋中証言は右のように自分自身の行動については或る程度詳しく供述していながら他の者の行動については殆んど供述していないこと、嶋中のガラス窓取りはずし状況については前記雲出証言以外に目撃者はなく、雲出証言は前記のように信用できるものではなく、嶋中の第二応接室内の行動の目撃者は皆無であること、によつてみると、果して嶋中がその供述のような行動をしていたか否かは極めて疑わしく、嶋中証言はもとより、同証言にそう前川証言及び町田証言もにわかに信用することができない。したがつて被告人瀬川にはアリバイがあり港谷は嶋中を被告人瀬川と誤認したとの所論には賛成できない。

所論はさらに、港谷証言は丸尾は第二応接室から出されまいとして足を踏んばつていたと供述しているが港谷にかような情景が見えるわけがなくこの点からも港谷証言は信用できないと主張するのであるが、港谷証言は検察官の、「足をふんばつているような状況でもありましたか」との問に対し「はい」と答えている(記録八八八丁、なお弁護人の同旨反対尋問に対しても「はい」と答えている)のであり、港谷の位置から丸尾の足の方はおそらく見えなかつたものと思われるのであるが、右供述の趣旨は丸尾の上体の動きあるいは手で扉の支柱に掴まるという状況から足をふんばつている状況にあつたものと推論して供述したものと解せられるのであつて、経験に基づかない虚偽の事実を供述しているものとは認められず、右供述をもつて港谷証言を信用し難いものとすることはできない。

(2)  鈴木証言について。

所論は、鈴木通保のいた納金室前には多数組合員が居た為、鈴木通保は廊下の詳しい事情を目撃することはできなかつた筈であるし、また被告人田中は納金室のすぐ南側のカウンターの切れ目から廊下に出て丸尾の右側についたものであるのに、鈴木証言は恰も被告人田中が第二応接室の方から来たかの如く供述し、しかもその際の同被告人の行動の詳細について供述していて、右証言は信用し難い、というのである。しかし、鈴木証言は首尾一貫していて前後矛盾することがないこと、鈴木証言によると、鈴木通保は納金室内の廊下に面して並ぶ三個の机の一番南の机の椅子に西向きに坐るか立つかのいずれかの状態で廊下の状況を目撃しており、同人の位置から廊下までは約〇・八ないし一メートルしか離れておらず、当時廊下にはカウンターの南のホールまでを含めて四、五〇名の組合員が居たけれどもその全員が密集して静止しているわけではなく、鈴木の正面廊下のあたりは右組合員達が居た関係上視界が十分でなく目撃状況も途切れ勝ちであつたが右前方すなわち応接室寄りの方は視野が開けていてよく見えたこと、鈴木が被告人田中を見たとき、同被告人は納金室の方すなわち鈴木の方に顔をむけていたことが認められること、当時その附近に同被告人が居て丸尾の右側に位置し納金室の方に顔をむけていたことは同被告人自身の認めるところでもあること、によつてみると、鈴木通保が他人を被告人田中と誤認するわけがなく、またその具体的行動を目撃することも十分可能であつて、鈴木証言は十分信用できる。原審証人門末一の供述及び前川証言は、いずれも被告人田中は丸尾の右側に位置し同人の方をむき両手を左右に拡げ背後の組合員が押すのを制止し丸尾をかばいながら横歩きに南玄関の方へ進んで行つた旨供述するけれども、右各供述は鈴木証言及び前記港谷証言にてらし信用することはできない。

(3)  丸尾証言について。

所論は、丸尾証言は全体として漠然としていて信用し難い、と主張する。なるほど、たしかに同証言は全体として漠然とした点が多いのであるが、同証言によると、丸尾利晴は東京から派遣されてきた総同盟のオルグであつて、当時被告人ら旧労組合員の面識は全くなく、本件がこれら多数の組合員による包囲中に行なわれたものであつたため丸尾が個々の行動を終始特定してその行為者を識別することは容易でなく、後日捜査官から一六枚の写真を見せられて行為者を特定しようとしたけれども、被告人田中以外は遂に不可能であつたこと、したがつて丸尾に加えられた暴行の個々の行為を具体的に供述することも困難で、いきおい全体して漠然としたものとならざるを得なかつたこと、しかしその供述自体不自然さや作為的な点は認められず、第二応接室西出入口から連れ出される際の状況、同室前廊下を南玄関へ行く際の状況については港谷証言及び鈴木証言とほぼ符合しているものと認められること、等によつてみると、丸尾証言は信用することができる。

以上のほか被告人田中、同横道、同雑賀及び同瀬川はいずれも原審において所論にそう供述をし、原審証人大久保新二郎の供述、大野証言、前川証言、町田証言、雲出証言、和田山証言及び門証言も同様であるが、右各供述はいずれも港谷証言、鈴木証言、丸尾証言及び港谷恵子作成のメモにてらし信用することができない。

以上の次第で、右港谷証言、鈴木証言、丸尾証言及び右メモによると、被告人横道、同雑賀、同瀬川の三名は第二応接室において共同して丸尾の両腕を引張り背後から押すなどして同人を同室西出入口から廊下に引き出し、廊下において途中被告人田中もこれに加わり同様方法で丸尾を南玄関附近まで連れ出したこと及びその行為自体からみて同人らに暴行の故意があつたことが認められ、この点に関し原判決には所論の事実誤認は認められない。

三、本社社屋南側道路上における状況について。

前記丸尾証言は本社南玄関から丸太町通へ出た後の状況について、「自分は両腕を掴まえられた状態で南玄関から道路へ出、車道を南側へ渡つた、車道上で眼鏡を渡され、はじめて眼鏡を落したことに気が付いた、眼鏡の左側がこわれてレンズが無くなつていたので渡してくれた人に文句を言うと、南側歩道上でその人から「せつかく眼鏡を拾つてやつているのに因縁をつけるのか」と言われ、そう言いながらその人らしい人が前から二、三回手で突きかかつてきて、その手が自分の体に当つた、自分の周囲には四、五〇名の人がいた、それから自分のとめてあつた自動車の方へ引張つて行かれ、皆がドアを開けて自分を押し込みびしりと扉をしめた、皆が車体を左右に相当激しくゆさぶり車体とフエンダーのあたりを二、三回蹴つた、自分が発車したとき後部窓ガラスがばんばんと二回音がしてこわれた、破片に血が付いていた」旨供述し、右状況の目撃者星野資は検察官に対する供述調書において、「自分が本社社屋三階の窓から南側を見ると、車道を五〇名位の旧労組合員が一人の男をまるく取り囲み、揉みくちやにして押して行つた、土橋がその男の東方から男に向きあい立塞がるようにして立つており、他の組合員と一緒になつてその男に何回もぶち当るように突きかかつて行つた、内一回は土橋が大きく体当りした、誰かわからないが四方八方から体当りを加えて押していたようである。その男は強く押されて三メートル位右斜に押され南ガレージの塀のきわにある溝の中に落ちかかつた、そしてまた後方から押し返された、このころから周囲の人は一層厚みを増し、一進一退で東方へ進行し、自動車の中へ男の手とり足とりして押し込み、自動車を前後左右から押してゆり動かした、自動車が西方へ発車した後、土橋は右手に白い布切れを巻いて西方へ歩いて行つた、土橋は他の者よりきわだつて動作が激しかつたので注意をひいた」旨供述している。そして当審検証によると、星野の目撃場所から南ガレージ前歩道上までは斜間距離約二二・二メートルにすぎず、その間視野をさえぎるものは皆無で見とおしは極めて良好であり、面識のある者であれば右集団の内外を問わず他から識別することが可能であるものと認められること、原審証人星野資の供述によると、右集団の構成員は一部はワイシヤツで他は制服姿であつたことが認められるが、星野は当時会計課に属し、健康保険等の事務を担当し、会社従業員中五〇〇名位の者については顔と氏名を知つており、当時被告人土橋をもよく知つていたことが認められるから、鈴木が右集団中に居て前記の如き行動をとる同被告人を識別することはさほど困難なことではなかつたものと考えられること、原審証人横山末松の供述によると、南ガレージ出入口を東の方へ進んだところで丸尾がよろけてガレージの塀と歩道との間の溝にはまりかけたがそのころ丸尾の周囲には約五〇名の組合員が一団となつており、土橋がその中央あたりから、丸尾の右横にいる横山の前あたりに居たというのであり、町田証言もほぼ右供述にそう供述をしていること、によつてみると、星野の検察官に対する供述調書の供述は十分信用できる。これに対し被告人土橋は原審及び当審において、西ガレージへ行くつもりで東ガレージの西端まで来ると丸尾と組合員五、六名とが車道を南へ横断していたので自分も走つて行き車道の中央位で追いつき、そばへ行くと、横山副委員長が血相をかえて「来るな、あつちへ行け」と言つて自分をさえぎり、旧労組合員籠谷某が走つてきて自分の腕をとつて「こつちへ来い」と言うので同人と総同盟の話をしながら南ガレージ付近へ行きそれからずつと同所で同人と話しをしていた、籠谷としやべり終えると、丸尾は約二〇メートル先の自動車のところにいたので自分も走つて自動車の後へ行つたが、自分は丸尾の体に触れたことはない旨主張し、車道中央付近で横山が被告人土橋を制止した点については横山証言が、その後南ガレージ附近で話をしていた点については当審証人神谷幸一が、それぞれ右主張に符合するような供述をしているのであるけれども、前記横山証言及び町田証言によつても被告人土橋が丸尾の周囲の集団内にいたことは明白であるから、右被告人土橋の供述及び神谷証言は信用することができない。右星野の検察官に対する供述調書及び丸尾証言によると、被告人土橋が南ガレージ前歩道において丸尾の身辺に居た旧労組合員数名と共同して丸尾に突きかかつたり押すなどしたことが認められ、この点に関し原判決には所論の事実誤認は認められない。

以上の次第で事実誤認の論旨は理由がない。

法令適用の誤の控訴趣意について(弁護人{竹助}立明の控訴趣意の二、三、同柴田茲行、渡辺馨の控訴趣意の第三、同山口貞夫の控訴趣意の第二、被告人田中明の控訴趣意、同横道の控訴趣意の二、同雑賀の控訴趣意)

論旨は、原判決は本件当時すでに争議は妥結していたので丸尾が会社へ来た行為をスト破りと同視することはできず、同人に対しては説得活動が許されるにとどまり、本件被告人らの行為は説得活動の限度を超えたもので労働組合の正当な行為とは言い難くまた可罰的違法性がないとは言えないとし、暴力行為等処罰に関する法律一条に該当するものとしている。しかしながら、(一)労働条件の改善を要求してなした闘争そのものは六月二八日に妥結したけれども、会社側は旧労に対し新労三役の解雇と新労組合員の旧労への吸収を約束しながらこれを実行しなかつたことから旧労がこれに対処すべく当日臨時組合大会を開催中に本件が発生したもので、当時は新労の処遇問題をめぐりまだ争議状態下にあつたものであり、争議はまだ終結していない、(二)会社と旧労との間にはユニオンシヨツプ協定、唯一交渉団体協定がなされていたのであるが、新労は旧労のスト中に試用期間中の運転手をもつぱら反旧労の目的で結成されたもので、実質的にみて旧労の分裂組織と評価すべきものであり、新労は旧労と並んで対等の団体交渉権等を有せず、会社に対し就労を要求しその指導者を争議現場に送り込んでその交渉をすることは殆んどスト破りと同視され、被告人らの本件行為はスト破りに対するピケツテイングとして許容される範囲内のものであり、正当な行為である、(三)原判決は本件について暴力行為等処罰に関する法律一条を適用しているけれども、労働組合の行為は右法条の予定している行為類型から除外され、単なる暴行罪の共犯型態として評価されるべきものである、(四)本件被告人らの行為はその目的、手段、方法、程度、緊急性などからして可罰的違法性を欠くものである。以上の諸点において原判決は法令の適用を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである、といい、これに対する検察官の答弁は原判決の判断は正当である、というのである。

よつて検討するに、(証拠略)によると、おおむね原判決が本件に至るまでの経緯の概要として認定している事実、すなわち、

(1)  旧労は京聯自動車株式会社従業員をもつて組織され、総評系の全国自動車交通労働組合京都地方連合会に加盟する労働組合であり、本件当時組合員は約八〇〇人であり、被告人らはいずれもその組合員であつたこと、

(2)  旧労を含む京都地連傘下の労働組合は基本給の完全月給化などの労働条件改善の統一要求をまとめ、昭和三六年二月一日当該各企業に提出したところ、右要求については経営者側の組織する統一交渉特別委員会と京都地連との間で統一交渉を行なうこととなつたが交渉は難行し、旧労は同年三月二四日以降二四時間反覆継続ストに突入し、同年六月二八日ようやく右要求について妥結し、ストを解除したこと、

(3)  旧労は従来試用期間(おおむね六か月から一年間)中の運転手(本件当時約一〇〇人)に組合員資格を認めていなかつたが、同年二月一三日組合定期大会において組合規約を改正し、右試用運転手にも組合員資格を認めるに至り、ついで同月一五日旧労の加盟する京丹鶴労働組合連合会(以下京丹連という)は同連合会関係各会社と中央労働協約を締結し、京丹連を唯一の交渉団体と認め、またいわゆるユニオンシヨツプ制を定めるに至つたこと、

(4)  ところが右試用運転手らのうち若干名は旧労に加入したがその余の者は旧労に加入せず、旧労のスト突入後は会社から平均賃金の六〇パーセントに当る休業手当の支給を受け、右手当等に関する会社との交渉を有利に導くため、総同盟系の全国交通運輸産業労働組合のオルグである前記丸尾の指導のもとに、同年五月二五日試用運転手約五〇名で新労を組織し、同年六月二九日右全国交通運輸産業労働組合に加盟したこと、

(5)  これよりさき同年六月二二日ころから統一交渉が再開され、同月二八日妥結した際、旧労は会社から新労の組織問題については京都地連に一任する旨の確約を得、ついで新労とその三役の解雇及び新労組合員の旧労への吸収などについて話合つたが、かえつて新労は態度を硬化させ、旧労と対立する姿勢を示し、前記の如く総同盟系の組合に参加するに至つたこと、

(6)  同年六月三〇日旧労の一部の者は出庫して就労をはじめ、新労も会社に就労させるよう要請したところ、会社は紛争を避けるため就労を認めず、一〇〇パーセントの賃金補償を与えたこと、

(7)  旧労は、会社が新労の処遇について前記取定めをしておきながら、あいまいな態度をとつているとしてこれを糾弾し、併せて新労問題を討議するため拡大闘争委員会の決定に基づき本件同年七月一日(本件当日)午前八時すぎころから西ガレージ内において約五〇〇名が参加して臨時組合大会を開催したこと、

(8)  一方新労は同日朝から東ガレージに集まり会社に対し就労申入を行なつたが会社は待機しているようにとの返事で就労させる気配がなかつたので、新労委員長福田義雄は会社の右措置に抗議し就労を交渉するため、前記丸尾に来援を求め、同人は午前九時すぎころ会社に来て、第二応接室において宇野営業部長に会い、竹内常務との面談を求めたが、竹内常務はまだ出社していないので暫く待つようにとの返事であつたので、同室内の椅子に腰かけて待つていたことが認められ、さらに原判決挙示の各証拠及び大久保証言によると、

(9)  臨時組合大会を開催中の旧労は、新労が東ガレージに集合しているのを知つて大会を中断し、参加者約一〇〇名を東ガレージへ派遣して新労の就労阻止の説得に当らせるとともに、さらに一〇〇名を大野敬次を責任者として本社社屋内に派遣し、一階事務室において宇野営業部長に対し会社側の態度に抗議していたところ、第二応接室に丸尾が来ているのを知り、旧労委員長大久保新二郎が丸尾のところへ行つて帰つてくれるよう要求したが、同人が竹内常務を待つていると言つて帰ろうとしなかつたこと、

(10)  そこで被告人横道、同雑賀、同瀬川を含む多数の組合員も丸尾を退去させようと企てて第二応接室に入り、丸尾の腰かけている椅子以外の椅子テーブルを部屋の片隅に片付け、周囲のガラス窓を取りはずして同人の周囲から口口に「帰れ帰れ」と言つて退去を要求したが、同人はこれに応じる様子がなかつたので、大久保は事務室へ行つて宇野営業部長に丸尾を退社させるよう要求し、事態を憂慮した宇野営業部長も第二応接室へ来て丸尾に対し「帰つてください」と発言し、右発言に続いて大久保が前記のとおり「この人は総同盟の、金をもうけるためにやつてきている人だ、常務は大阪へ行つて留守だ、せつかくのお客さんだから皆で拍手をもつてお送りせえ」と発言したこと、

(11)  右大久保の発言に続き、第二応接室内及び廊下に集つていた旧労組合員達は「労働者の敵、帰れ帰れ」などと怒号し、被告人横道、同雑賀及び同瀬川の三名は共同して丸尾の両腕を引張り背後から押すなどして同人を第二応接室西出入口から廊下に引き出し、さらに被告人田中もこれに加つて丸尾の右腕を抱えて引張り、同人を周囲の組合員の「わつしよいわつしよい」のかけ声の中を廊下を通つて約一五メートル先の南玄関付近まで連れ出したこと、

(12)  丸尾は引続き右玄関から丸太町通南側歩道上に連れて行かれ、約四、五〇名の旧労組合員に取り囲まれて東方にとめてあつた丸尾の自動車の方にむかつて移動したが、折から東ガレージで新労組合員に対する説得にあたつていた被告人土橋は右情況をみて駈けて来て右集団に加わり、同所において丸尾の身辺にいた旧労組合員数名と共同して丸尾の正面から突きかかつたり押したりするなどの暴行を加え、そのため同人はよろめいて歩道脇の溝に転落しそうになつたこと、

(13)  なお、丸尾は第二応接室から連れ出される際には出されまいとして西出入口支柱に両手で掴まり足をふんばるなどして抵抗したけれども、間もなく抵抗をあきらめ、廊下へ出されてからは抵抗することなく、引つ張つたり押したりされるのに委ねて南玄関から丸太町通へ連れ出され、南側歩道においても集団に取り囲まれたまま抵抗することなく集団の動きにつれて同人の自動車の方へ移動して行つたこと、

が認められ、右事実関係によつてみると、被告人らの本件行為は昭和三九年法律一一四号暴力行為等処罰に関する法律の一部を改正する法律による改正前の暴力行為等の処罰に関する法律一条一項刑法二〇八条、昭和四七年法律六一号罰金等臨時措置法の一部を改正する法律による改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号、二条に該当するものと認められる。

所論は、労働組合の行為に対し暴力行為等の処罰に関する法律を適用することは許されないと主張するけれども、数人共同して刑法二〇八条一項の罪を犯した場合と単独で犯した場合とでは行為の違法性そのものに強弱の差が認められるのであつて、この点に着目して暴力行為等処罰に関する法律一条一項が数人共同による犯罪を重く処罰することとしているのは合理的であり、労働組合の行為であるという理由でその適用を除外すべき理由があるものとは認め難く、所論には賛成できない。この点について原判決には法令適用の誤はない。

所論は、被告人らの本件行為は正当な争議行為であると主張し、その前提として本件当時争議はまだ妥結していなかつたというのであるが、労働条件改善の統一要求は六月二八日すでに妥結をみ、ストは解除され、本件当時、旧労組合員の一部はすでに出庫して就労しており、新労の処遇に関する会社との取り決めの実行問題について会社に抗議し交渉する段階にあつたもので、旧労としてはまだスト再突入の決定をするまでには至つていない状態であつた。そして争議行為の概念については労働関係調整法七条が「この法律において争議行為とは同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行なう行為及びこれに対抗する行為であつて業務の正常な運営を阻害するものをいう」と規定しているのであるが、同条は同法の目的にそうよう争議行為の意義を定めたにとどまり、労働組合法一条二項による刑事免責が問題となる争議行為の概念とは同一のものではない。また右刑事免責の対象となるのは争議行為に限らず「労働組合の団体交渉その他の行為であつて労働組合法一条一項の目的を達成するためにした行為」であるから、刑事免責の有無の点からみる限り当時争議中であつたか否かの評価はさまで重要でなく、要は当時の具体的状況下において、被告人らが本件の如き行為に出る必要性緊急性の有無、程度を考慮して、刑事免責を受け得るか否かを決すれば足りる。かような観点から当時の状況について考えるに、この点について所論は新労は旧労からの実質的分裂組織であり、その就労要求はスト破りと同視すべきであると主張するのであるが、前記事実関係において明らかな如く、新労構成員たる試用運転手はユニオンシヨツプ協定が締結される以前から会社の従業員であつて、且つ旧労の組合規約改正により旧労の組合員資格を得るまでは旧労への加入を拒絶され、未組織のまま放置されていたもので、かような試用運転手が休業手当等労働条件改善をめざして結成したのが新労である。なるほどその結成の時期は旧労のスト中であつて当時すでに旧労の組合員資格を付与されておりながら旧労に加入せず、総同盟のオルグ丸尾に指導されて結成され反旧労的立場をとつていたという事情が認められるけれども、新労がいわゆる御用組合ないし旧労の団結権等を侵害することを目的として結成されたものとは認められない。かような新労に対しては旧労と会社との間のユニオンシヨツプ協定の適用はなく、唯一交渉団体協定も拘束力はなく、新労は旧労と並んで労働組合としての諸権利を保有するものと認められる。新労が旧労からの実質的分裂組織であるとの所論には賛成できない。したがつて、新労は旧労の争議の状況の如何にかかわりなく会社に対し就労要求ができ、かゝる就労要求が旧労に対するスト破りとなるものでないことは勿論である。かような新労の就労要求あるいは就労は旧労の団結権、争議権の弱体化を招くことになるのであるが、これに対し旧労のとりうる措置は新労組合員の労働者としての連帯感にうつたえて自発的な就労中止を促すこと、ないしせいぜい暴行脅迫の程度に達しない威力を用いて新労組合員の自由意思を制圧して就労を断念させる限度にとどめるべきものである。被告人らの本件行為中被告人土橋の行為については後に述べるとおり、そのような行為に出なければならない必要性緊急性がなくかつ行き過ぎであり、その余の被告人の行為については当時の具体的状況下において旧労の団結権擁護のため丸尾に退去を求める必要性緊急性があつたものと認められるけれども、そのために行なつた本件行為は行き過ぎであるものと認められるから、いずれも労働組合の正当な行為と解することはできない。原判決は理由をやや異にするけれども結論において同旨であり、この点について法令適用の誤はない。

所論はさらに被告人らの本件各行為は可罰的違法性がないと主張するので検討する。

(一)  まず被告人横道、同雑賀、同瀬川及び同田中の行為について考えるに、被告人らの本件行為の目的は、すでに旧労と会社間の取決めにより消滅の運命にあるものと信じていた新労の就労要求により旧労の団結権が脅やかされるに至つたことから、旧労の団結権擁護のため丸尾に退去を求めることにあつたもので、その目的は正当であり、丸尾を連れ出したのは距離にして約一五メートルにすぎず、極めて短時間内の出来事で、しかも連れ出し行為の態様も、殴る蹴る等の暴行は加えられておらず、同人の腕を引張つたり背中を押すという程度の比較的軽微な暴行を手段とするにとどまつていること、しかもこれらの行為は、予め室内の椅子等を片付け、ガラス窓を取りはずしたりしている点から見れば、多数共同して無理にでも丸尾を屋外に連れ出す意思であつたことは十分推測し得るけれども、その行動を起すきつかけは会社側の宇野営業部長が事態収拾の為、旧労に同調し、丸尾に対し退社を促す発言をしたことに影響されている点も認められること、当時統一要求事項については妥結をみていたけれども、新労の処遇問題につき旧労と会社との間に緊張が高まつており、被告人らが本件行為に出たのもやむを得なかつたものと認められる点があること、本件により丸尾は相当の被害を被つたことは丸尾証言により認められるが、それはむしろ本社屋外に出てから受けたものと推測されること、前記四被告人が屋外において丸尾に暴行を加え、或は屋外における暴行者と共謀関係にあつたと認められないこと、以上の如き被告人らの本件行為の目的、態様、本件に至る経緯、本件行為による被害状況等の諸般の事情にてらすと、被告人らの本件各行為は外形的には前記暴力行為等処罰に関する法律一条一項に該当するけれども、いまだ可罰的評価を受けるに値するものとは認め難く、罪とならないものと解するのが相当である。したがつて、この点に関し、可罰的違法性があるものとして被告人らの罪責を認めた原判決には法令適用の誤があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。この点について論旨は理由がある。

(二)  つぎに被告人土橋の行為につき考えるに、本件行為の目的は、当時すでに丸尾は本社社屋内から連れ出され立去るため同人のとめてあつた自動車の方へむかつて歩行中で、同人に対する退去要求、団結権擁護の目的は殆んど達成されていた段階であり、被告人土橋はもとより、他の旧労組合員も丸尾に対し本件の如き実力行使に出る必要性も緊急性もなく、この点からみると、本社社屋外における被告人土橋等の本件行為は、旧労の団結権擁護のためというよりは丸尾に対するうつぷんを晴らすために行なわれたものと認めるのが相当であつて、その目的が正当なものとは認められず、本件行為の態様は短時間ではあるけれども、多数の旧労組合員が前記のような状態で丸尾に対し暴行を加えており、その間にあつて被告人土橋は丸尾の前から数回突きかかり、あるいは押し、そのため同人をよろめかせて危うく溝に転落させかけたという或る程度強度の暴行であり、その結果丸尾は相当の被害を被つていることは同証言により認め得られるところであつて、右行為の目的、態様、必要性、緊急性のないこと等の事情によつてみると、本件行為に至つた諸事情を参酌しても、可罰的評価を受けるに価しない軽微な事案であるものとは認めることはできない。可罰的違法性があるものとする原判決の判断は正当であり、所論の法令適用の誤はない。論旨は理由がない。

よつて、被告人横道、同雑賀、同瀬川及び同田中については刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決中同被告人らに関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに自判することとする。

右被告人四名に対する本件公訴事実はほぼ原判決の罪となるべき事実中同被告人らに関する部分と同旨の事実であるが、いずれも罪とならないものであるから同法四〇四条三三六条により被告人四名に対し無罪を言い渡すべきものである。

被告人土橋については、同法三九六条により本件控訴を棄却し、刑事訴訟法一八一条一項本文により当審の訴訟費中当審証人金良清一に支給したものの五分の一を、同神谷幸一に支給したものの全部を同被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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